こんにちは。大阪事業所の小西です。
読書が好きで月に5冊ほど本を読んでおりますので、このたび「読書ブログ」を始めてみることにしました。
テーマは、エンジニアやITが物語の中で重要な役割を担っている本たち。
技術や働き方について考えるヒントが、フィクションの中にもたくさん詰まっていると感じているからです。
第1回は、第40回吉川英治文学新人賞を受賞した藤井太洋さんの『ハロー・ワールド』を紹介します。
本作は2018年に刊行されており、物語の舞台は当時から少し未来の2020年に設定されています。
現在から考えると5年前の世界になりますが、元ソフトウェア開発エンジニアの経歴を持つ著者、藤井さんが描くテクノロジーや社会構造には説得力があり、“リアルなSF”として読める短編集になっています。
目の前のコードや案件に追われていると、つい忘れてしまいがちですが――
本来、ITはもっと広く、もっと自由に、世界と繋がっていくもの。
そんな本質を、静かに思い出させてくれる一冊でした。
現実のキャリアや働き方に、ふと立ち止まって考えるきっかけになるかもしれません。
あらすじ
本作の主人公は、ITベンチャー企業「エッジ」に勤めるエンジニア・文椎(ふづい)。
彼と仲間たちが開発した広告ブロックアプリが、なぜかインドネシア市場で突如ヒットし始める――その謎を追うのが、表題作『ハロー・ワールド』です。
他の短編では、ドローン、暗号資産、メッセージ暗号化、データ取引、個人開発アプリなど、現代のIT社会で実際に議論されているテーマが多く登場。
インターネットの自由や情報の価値をめぐる攻防のなかで、文椎は時に法律や国境を超えながら、“技術で世界とつながろうとする意志”を持ち続けます。
現実と地続きのテクノロジーを背景に、個人の力が社会に届く瞬間を描いた、希望に満ちた連作短編集です。
おすすめポイント
私が一番ワクワク・ハラハラしながら読んだのは、やはり表題作の『ハロー・ワールド』でした。
文椎が仲間たちと趣味の延長で開発した広告ブロックアプリが、なぜかインドネシアで急激に売れ始める。
その理由を探るため、彼らは仮説を立て、A/Bテストで検証を重ね、IPアドレスから利用者の動向を割り出し、現地のVPNに接続して実際の広告表示の挙動を確認していきます。
その中で判明するのは――なんと、現地政府が国民の盗聴や盗撮にアプリのセキュリティホールを悪用していたという事実。
セキュリティを侵す国家。
インターネットの自由を守ろうとするエンジニアたち。
社会と個人、自由と監視という構図の中で、彼らはどのように立ち向かっていくのか?
急に話がスケールするようにも感じますが、現代はまさに新しいテクノロジーが次々に生まれている時代。
この物語は決して空想のお話ではなく、あり得る身近な問題だと感じました。
全体を通して
文椎は自分のことを「(専門を持たない)何でも屋」と語りますが、
その根底には技術に対する強い信念と情熱があります。
困難に直面したときでも、知識と技術を駆使して、まず“動く”ことを選ぶ。
そんな彼が立ち止まったときに、何度も自分を奮い立たせたのが――「Hello, world!」という、あの有名な言葉でした。
また、仲間であるエンジニア・郭瀬(くるわぜ)は、本気になると猫のように体を丸めて集中するルーティンを持っていて、ゾーンに入った彼の開発シーンもとても印象的です。
エンジニアであれば「分かる…!」と感じるような描写が多く、共感しながら楽しめる作品だと思います。
まとめ
『ハロー・ワールド』は、ただの“SF”ではなく、
フィクションでありながら、今の社会に確かに通じるリアルな物語です。
フィクションを通して、
「情報技術とは何か」「自分はどう働きたいのか」
そんな問いと向き合える読書体験になると思います。
働き方やキャリアに、少しでもモヤモヤを感じている方に――
ぜひ手に取ってみてほしい一冊です。